月並みだけれど6月と言えば梅雨、長野でも珍しく雨が続いた。ようやくの晴れ間を見つけて家を出たのは8時を20分過ぎていた。戸隠を歩いてこようと話し、近いので出発は遅くていいと、ご飯を炊いておにぎりを作った。
走り出してから「今頃の志賀高原も綺麗だろうね」と言った私の言葉に夫が反応した、「行ってみようか」。交差点で進路を変える。
だんだん陽が高くなり、今日の暑さも厳しい様子に「標高が高いところへ行こう」と夫。「志賀高原のどこへいく?」。鞄の中には戸隠の地図だけ。頭の中に地図が入っている焼額山にしようということになった。
長野冬季オリンピックの時に整備したという国道292、別名志賀草津道路を走り、蓮池から奥志賀方面に入る。一ノ瀬を過ぎ、焼額山登山口の駐車場に車を停めたのは9時半だった。遠いと思っていたけれど、1時間ちょっとで着くんだね。目の前のホテルは営業していない様子。
林道を数分歩くと右に登山口が見えてくる。ここから森の中へ一気に登っていく。緑濃い森は涼しくて気持ちが良い。森の中には様々な花が咲いている。タニギキョウ、ツクバネソウ、オオバユキザサ。前にきたときはイチヨウランが咲いていたけれど、まだちょっと早いのかな。見つからない。エゾノヨツバムグラは沢山あるが、蕾が多い。そして歩いている間中、絨毯のように続いているマイヅルソウは満開。木漏れ日を浴びて白く輝いている。
雨が続いていたので、登山道には水が溜まっているところもあったが、道が広いので歩きやすい。シラカバの明るい幹を見ながら快適に登る。
森の中をしばらく歩くとゲレンデに飛び出す。狭いゲレンデを横切って再び森の中へ。相変わらず足元にはマイヅルソウが続く。木の根本にはゴゼンタチバナ、ツマトリソウも増えてきた。
嬉しくなって花の写真を撮りながら歩いているうちに大きなゲレンデに登りついた。見晴らしが良い。梅雨の間だからか、遠くは霞んでいるが、目の前に大きく笠ヶ岳、志賀の山々が続いている。
ここからはゲレンデを登っていく。水気を含んだ草地だ。ゲレンデの端の茂みにはムラサキヤシオの濃いピンクの花が散っている。その花の間に群れ咲くツマトリソウ、ゴゼンタチバナ。白い花が道案内のように続いている。
「もう一度森に入ったよね。この辺じゃない?」「見落としたかな」などと言いながらゲレンデを歩く。ゲレンデはスキーには最適な広さや角度なのだが、歩くにはあまり適さない。今日は風があるから気持ち良いけれど、直射日光にあぶられ、ボコボコした草の塊に足をとられてしまう。ゴロゴロ石も意外と多い。
平らな広い部分に到着。ここでゲレンデは二つに分かれている。スキーで滑ってきたら、ここから一気に滑り降りるコースと、稜線伝いに滑るコースに分かれるところ。目の前には向いの東館山から岩菅山の稜線が見えている。振り返ると横手山が大きく見える。標高が上がったので、左に大きく裾を引いた綺麗な三角形が浮き上がってきた。
頭の中の地図はしっかりしていたようで、そこからじきに左の森の中に入る道が現れた。ここもまた一面にマイヅルソウ。登り始めの頃はもう実になっていたタケシマランの花も揺れている。
この森の出口にミツバオウレンが咲いていたよね。ふもとでは実を見たけれど、まだ咲いているかな。話しながら行くと、あった。良かったねと話しながら三度ゲレンデに出る。もうゴンドラの山頂駅が見えている。スキーシーズンには賑わうところ。真夏にも観光用に運行すると聞いているが、今は静かだ。
ゲレンデを歩き始めると遠くに真っ白い広がりが見える。ゲレンデ一面と言ってもいいほど広がっている。「あれ、何の花かな」「ずいぶん群落になっているね」と話しながらふと横を見ると、フキの綿毛が一塊になってふわふわ揺れている。30センチくらいの高さで白い綿毛をいくつもつけた姿はなかなか可愛い。
「あっちのもフキかな」「でももっと小さいような気がするよ」。ドキドキしながら近づいていくと、一面のミツバオウレン。「すごい、大群落だ」「これみんなオウレン?」。わぁ〜と言いながら近寄り、じっと眺める。そして思い出してカメラを構える。しばらくは感動してミツバオウレンの群落を眺めていた。
そしてやおら腰をあげる。ゴンドラ山頂駅の手前から山道に入って、山頂まではすぐ。木道が敷かれているが、水気が多く滑りそうだ。イワカガミやイワナシのピンクの花が目を楽しませてくれる。木道の間にはミズバショウもまだ白い苞をつけている。ショウジョウバカマはもう終わりだ。丈高く種を育てている。
登っていって、左に折れると目の前がパアッと開ける。稚児池が日の光を反射して輝き、その周りに揺れているのは・・・ワタスゲ。焼額山山頂の稚児池湿原はワタスゲの大群落だった。そして近づくと、揺れるワタスゲの足元にはピンクの絨毯、ヒメシャクナゲもまた一面に湿原を覆っている。
この素晴らしい風景に感動していると後ろの森の方から人声がする。現れたのは二人の男女。聞けば竜王から縦走してきたそうだ。立ち入り禁止の看板が落ちたようになっている細い踏み跡のような道を通ってきたらしい。帰ってから志賀の登山地図を見たけれど、このルートは記載されていなかった。このエリアをよく知っている人たちだったのだろうか。
私たちはまず湿原を一回りすることにした。ワタスゲとヒメシャクナゲの群生は素晴らしいの一言につきる。湿原の中の木道を進み、縁の森を抜けると奥志賀スキー場のゲレンデ上部に出る。森にはムラサキヤシオがたくさん花をつけている。足元にはアカモノが今にも咲きそうな蕾をつけているし、目の高さにはちょっぴり歪な形のコヨウラクツツジが壺型の花をぶら下げている。花を楽しみながら山頂の稚児池湿原に戻り、お昼ご飯にする、ちょうど12時だ。広々とした湿原の真ん中でおにぎりを食べる、最高の幸せではないか。
おにぎりをパクついている間もカエルの声が続いている。池のほとりの木の枝には白い卵塊がぶら下がっていて、モリアオガエルの卵ということは勉強した。稚児池のほとりの草の間にも白い塊が所々に丸く膨らんでいるが、これもモリアオガエルなのだろうか。
木が敷かれた気持ち良い休憩所でのんびりしている夫を残して、私は池の反対側まで回ってみた。けれど、カエルには会えず、塊の正体もはっきりしない。後で夫が調べてくれた本には、枝のないところは水辺にも卵を産むと書いてあったので、やっぱりモリアオガエルだったんだろう。
1時間余り高原の気分を楽しんだので、帰ることにした。森の脇道に入らずまっすぐゲレンデを降り始めたら、小さな、小さなツボスミレの大群落。草の中に埋もれているので遠くからは見えなかった。今日は一日、白い花の群落に驚かされてきたけれど、まだあった。白の大競演だね。