明日は晴れるらしいよ。夫が北を指差して「ひたすら登り、下りの無い山へ行こうか」と言う。飯縄山の南登山道は、まっすぐひたすら登る。とにかく登る。山頂稜線に出るとわずかに下りがあるがそこはもう山頂みたいなもの。
朝7時、おにぎりを作って出発。一ノ鳥居駐車場まで我が家からは30分。歩き始めるとすぐ、ギンリョウソウがたくさん見える。鳥居に着くと、男性が二人立っている。何か並べている。「携帯トイレの説明をさせてください」と言う。男性の話では、稜線の小屋の中に携帯トイレを備え付けてあるので、利用できますとのこと。私たちはご苦労様ですと挨拶して歩き始めた。
南登山道には、石仏が祀られている。歩き始めるとまもなく1番の不動明王が現れる。森の中は風が通って気持ち良い。石仏は邪魔にならないように登山道の脇の小高いところに祀られているので、うっかりすると見落としてしまうこともある。私たちはゆっくりゆっくり登っていく。
しばらく登ると、木立の向こうに遠くの山が見えてきた。「あれはどこかな」と夫。「あの丸く尖ったのが蓼科じゃない?」と言ううちにその左隣に綺麗なコニーデのいただき、富士山だ。雲が下の山を隠して、その上に山頂だけが浮かんでいる。富士山が見えるとなぜか嬉しい。日本の最高峰というだけではなく、その秀麗な姿、そして一人毅然と立つ姿が好ましいのだろうか。
この展望から元気を充電して、また登る。今度はアルプスが目の前に。槍、穂高がくっきり見えている。もちろん近い白馬、五竜などは手に取るようだ。その手前には堂々とした戸隠連峰の峰がギザギザの歯を立てるように立ちはだかっている。
私たちは感激して、立ち止まっては写真を撮ったり眺めたり、ちっとも足が進まない。それでもようやく西登山道との分岐点に到着。周囲はヤマトリカブト、ハクサンフウロ、ツリガネニンジン、ヤマハハコ、エゾリンドウそして大きなオヤマボクチの花々が風に揺れている。遠くの山の裾にわずかに雲が立ってきたが、ぐるりと首を回しても全部山、山。今日は最高の眺めだね。
ルンルンという擬態語があったが、まさにそんな気分で、まずは飯縄神社奥の院の鳥居をくぐる。なんとか到着しましたと挨拶して、最初のピークに立つ。奥に見える山頂は賑やかそうだが、手前のピークには誰もいない。そこを過ぎると緩やかな下り、そして再び登り返すと頂上に飛び出す。飯縄山の山頂標識は真っ白で大きい。私たちが初めて登ってから何回か変わったけれど、綺麗になった。
展望の素晴らしさに大きく息を吸い込む。ぐるりと見まわしながら山座同定。北は日本海に立つ米山、苗場山の平らな山頂も、鳥甲山のとんがりもよく見える。奥秩父、富士、南アルプス、そして大きな御嶽山。中央アルプス、乗鞍と眺めてくるとあとは、北アルプスの雄大な壁だ。手前には虫倉山が立派な尾根を伸ばしている。その隣に荒倉山、戸隠連峰、そしてお隣の黒姫、妙高。
数えきれない山々が見えている。この雄大な眺めの中でしばらくただ立っていた。またグループが賑やかに登ってきたのを潮に、ようやく腰を下ろし早めのお昼を食べることにした。おにぎりを食べている私たちの周りを、数羽のキアゲハが舞っている。
素晴らしい眺望に大満足した私たちも、腰をあげることにした。今日は初めて西登山道へ行ってみようと話している。分岐まで花の中を下り、いよいよ初コースだ。しばらくは緩やかな花の中の散歩道。一気に下っていく南登山道とは違う。目の前に高妻山がそびえ、手前にキオンが揺れている。足取りも軽く、緩やかな山道を行く。急な下りになるところで、富士山にもお別れかなと話していたら、下から数人の若い女性たちのグループが登ってきた。「富士山が見えますよ」と夫。「えっどこ」「あ、あそこだ」「わぁーすごい」・・・感嘆の声を後ろに聞きながら、私たちは下り始めた。大きな石のゴロゴロした、暗い道を下る。
しばらく岩の道を下っていたら、夫が「つった!」と叫ぶ。足の指がつったらしい。腰を下ろして休憩し、再び歩き始める。誰にも会わない。菅ノ宮の小さなお社を過ぎ、さらに歩く。ようやく中社への車道に着いたときはホッとした。
ここからバスで一ノ鳥居駐車場まで行く。待ち時間に食べた蕎麦ソフトが、疲れた体に染み込んでいった。やって来たバスは数人立っていてドアが開かない。運転手さんが「すぐ空いているバスが来ます」と言って発車した。だが次のバスは前の車よりもっとたくさんの人が立っている。騙されたような気分で乗ったが、すぐ営業所に到着。そこで、もう1台増便するという。
乗客が全員座って、3台のバスが発車した。
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