軽井沢の古い別荘地の奥にでんと腰を下ろしたような山、離山。この離山には軽井沢町の花サクラソウが自生する。昨年も見に行ったが、今年はわずかに早い頃をねらって行ってみた。離山は裾野に別荘地が広がっているが、自然が豊かだ。歩いてみると深い森に様々な花が咲く。
長野から「しなの鉄道」に乗る。軽井沢まではちょっとした鉄道旅だ。「戸倉行き」に乗って、戸倉駅で一旦下車。乗り換えかと思っていたら、座席シートを中央に向けたベンチ型に変更して再び同じ電車が軽井沢まで走る。
中軽井沢で下車、登山口までは車道を歩く。旧近衛文麿別荘の豪華な門を潜って出発。歩き始める前にフデリンドウが綺麗なブルーで迎えてくれるのが嬉しい。山道に入っていくと咲き始めたユキザサが今年も森の中に広がっている。純白の小さな花が穂になって咲いている姿はとても美しい。姿も大きいから見落とすこともないだろう。
私はその下の地面に近いところを見ていく。いた、トウゴクサバノオ。こちらはとても小さい。しかも花色が淡いクリーム色なので見つけにくい。こんなに小さくて可愛らしい花なのに、誰が名づけたか「鯖の尾」、実の形が魚の尾に見えるかららしい。時々しゃがんでじっくり見ながら登っていく。
昨年は溢れるように咲いていたミツバウツギだが、今年はまだ小さい蕾が多い。ミツバウツギは咲いてもあまり大きく開かず俯きに小さく花びらを広げている花だが、それでも、勢いのある満開の時は開いているのを見ることができる。
気持ち良い森の中にサクラソウのピンクが見えてきた。最近新聞に軽井沢町の花を守ろうという記事が載っているのを夫が見つけた。地元の人たちの努力の印か、サクラソウの周りには目立つ石や木の枝が囲うように置いてある。サクラソウといえば、栽培種で様々な種類があるようだが、ここの自生種は濃いピンク一色で、花がとても大きい。遠くからでも目立っていて、森の奥に広がっているのを見つけると嬉しくなる。いつまでも咲いていてほしいと強く思う。
森は淡い若緑に揺れるようだ。新緑の美しさというのだろう。何人かの人とすれ違ったり、追い越されたりする。森の中の道は気持ち良いうえに、それほど急ではないので、散策気分でのんびり歩くことができる。
足元に小さな花が開きかけているのを見つけるとすぐしゃがんで目を近づけるから、私たちの進む速さは亀さん並み。そしていいなぁと思うと徐にカメラを出してまたじっくり。これでは時間がかかるわけだ。それでも少しずつ登っていくと、ルリソウの綺麗なブルーが見えるようになってきた。そしてところどころに小さな白い星、ワダソウも見える。どちらも日本の固有種とされる花、ワダソウは長野県の和田峠に因む名前だ。10cmほどの小さい草で、茎は枝を分けず一本だ。
花を見つけると名前を呼んでは喜んでいる。離山の花の季節はまだまだ続くようで、蕾の姿もたくさん見える。自然の移ろいは順番に続いていくので、一度訪れた時に全部見たいなどというのは到底無理な話。分かってはいるが、蕾を見つけると「あ〜まだ咲いていない」などと呟いてしまう。
途中のちょっと湿った道沿いに今年もネコノメソウが一塊、すでに実になりかけているがニッコウネコノメソウだろう。
少し湿った感じが好きらしいミヤマハコベも小さな群落を作っている。サワハコベと似ているが、萼の裏に長い毛が密集しているので、じっくり見せてもらった。花びらの切れ込み方も深い。ようやく区別がつくようになった。
マムシグサの仲間は同定が難しい。すでに葉を広げて花を開いたのもあれば、スーッと一本のマムシ模様を伸ばしてこれから葉を開くのもある。エンレイソウもあちらこちらに固まっているが、シロバナエンレイソウ(ミヤマエンレイソウ)かと思うと綺麗な紫色の花もある。分かったつもりでいても自然は奥深く、すぐに別の姿を見せてくれる。だから学び続けられるし、面白いのだろうか。
あっちを見、こっちを見しながらの亀さん歩きでもいつの間にか進んで、ジグザグに設えられた木道に辿り着いた。急斜面に取り付けられた木道はとてもありがたいが、ちょっと怖い。下が空間だ。夫は「木道のスイッチバックだ」などと喜んでいるが、後ろ向きには歩かないでね。
急斜面にはルリソウのブルー、ミツバツチグリの黄色、ニガイチゴの白と、ここも花が続いている。 結構長い木道を登り切ると山頂の下を取り巻く周遊路に突き当たる。ここからは一直線に急階段が山頂まで続いている。
山麓ではすでに終わりになっていたスミレの仲間が数種類階段の脇に咲いている。淡い桃色に濃い紫など。タチツボスミレはわかるが他のスミレの名前はわからない。似ているなぁと思うのはあっても、しっかり同定できないのだ。それでも何種類かのスミレに会えて嬉しい。
階段を頑張って登ると方向指示盤が置いてある山頂に飛び出す。振り返ると長い裾を引いた大きな浅間山。いつ見ても雄大な景色だ。今日はちょっぴり霞んではいるが、全体の姿を見ることができる。
山頂には数組の登山者の動きがあり、やはりサクラソウ人気かなどと思う。私たちは奥の四阿でお昼を食べることにした。ゆっくりおにぎりを食べて休んでから山頂周辺の花を見よう。
ズミやニワトコの花が咲く山頂、サラサドウダンはまだ蕾だ。ムラサキヤシオはほぼ終わりだが、まだ花が残っている。ヤマツツジは満開。それぞれの季節なのだろう。道々賑やかに赤く咲き広がっていたクサボケは山頂周辺にも真っ赤な花を散らしている。
おにぎりを食べながら四阿周辺のフデリンドウ、ユキザサ、スミレを眺め、のんびりしたので、もう一度山頂から浅間山を見て帰ろう。午後になったからか、山はちょっと静かになった。山頂に上がると東京から来たという年配の男性二人がちょうど着いたところだった。浅間山が見えて良かったという彼らが「二人の写真撮りましょうか」と声をかけてくれたのでシャッターを押してもらった。もちろん、彼らのカメラも押してあげた。
帰りは軽井沢方面に降りる。途中は車も通れる石の道だが、並んで話しながら歩けるのがいい。ルリソウもところどころに咲き始めていて目を楽しませてくれる。
別荘地に降り、人気の雲場池を横目にさっさと通り過ぎる。駅までの道沿いで、今日の夕食にチーズカレーを求め、軽井沢から「しなの鉄道」に乗る。直通がなく、小諸でかなり待って乗り換え、長野に着いた時はさすがに鉄ちゃんの夫も「乗りくたびれた」と苦笑い。次は新幹線にしようか・・・。