車が揺れる。狭く急なカーブの連続。軽の車に痩せっぽちでもない大人が4人乗って、早朝の山道を登っていく。車の喘ぎ声が聞こえそうだ。
昨夜は友人の家で語り合い、今朝は6時前に家を出てきた。明るい空の下、無事に入笠湿原に着いた時はまだ7時前だった。こんな時間にはまだ誰もいない。
ここに咲いている、遠くから見えた。キバナアツモリソウ。今年は元気が良いみたいだ。柵の中の小さな湿原に育てられているが、柵の外にもたくさん顔を出して今盛りのようだ。
昨年、この花の写真を見せてくれたのが、今回連れてきてくれたタノちゃん、キミちゃん。私が「見たいな。どこに咲いてるの?」と言った言葉を一年温めて、今回の誘いとなった。
前日は『特急しなの』『特急あずさ』を乗り継いで彼らの家へ。夕食の会話を楽しんで寝た。そして今朝6時前に家を出た。朝8時にはゲートが閉まってしまうという山道を登ろうという計画。
車に運んでもらって着いたところは標高1700mを越える入笠湿原上部。入笠山(※)にも行きたいところだが、私は鬼の霍乱で帯状疱疹らしき痛みが引き切らず、まだ薬を飲んでいる状態。今回は、登山は諦め湿原散策に徹するつもり。足の状態が万全ではないキミちゃんも一緒に楽しめる湿原の花巡りだ。沢沿いの道にはクリンソウの赤が続いている。ゆっくり階段を降り、鹿よけの柵を潜って木道を行くと大きな湿原の看板が立っている。明るい緑一面の湿原の端には白樺の白い幹が美しい。その下にはレンゲツツジのオレンジ色が裾模様になっている。アヤメの紫も綺麗だ。一面の緑はスズランの葉。ここに咲くのは日本スズラン、葉の下に隠れるように白い花がぶら下がっている。上から見下ろしていると見えにくいが、ちょっと下に目を向けると満開の花が見えてくる。
湿原の外周を歩いたあと、タノちゃんキミちゃんとひと時分かれる。彼らはここを周遊し、私たちはさらに先の野草園まで足を伸ばす。ゴンドラの山頂駅近くに整備された野草園に咲く花を見に行こう。キミちゃんの計画では静かな人のいない湿原、高原歩きができるはず。ゴンドラの運転開始は8時半だから、まだまだ時間がある。
一回湿原から登り、森の中の道をいく。マイヅルソウ、ズダヤクシュなどの白い花が咲いているが、とても小さい。他の森で見る物の半分くらいの大きさだ。いや、半分より小さい。でもキラキラ光っていて綺麗だ。ジンヨウイチヤクソウかな、これまたとても小さいイチヤクソウの蕾もある。森の道を越えていくとアサギマダラが舞っている。追いかけっこをするように何頭も元気に飛び交っている。
アサギマダラを見ながら坂道を降りていくと「イチヨウラン」の看板が見えてきた。花はそろそろ終盤で萎んでいるのが多いが、まだちゃんと形になっているのがあった。森の斜面に思ったより遠く広がっている姿を見て嬉しくなった。
さて次はカモメラン。こちらは花を咲かせている小さな株を二つだけ見つけた。どうか、絶えずに増えていってほしいと願う。
近くにはササバギンランがすっくと立って美しい。ニッコウキスゲも咲き出してきた。花を探して野草園を歩いてきたら、下の展望台に着いた。目の前に八ヶ岳、右に目を移すと遠くに富士が霞んで見える。
さて、見たかった花も見ることができたし、そろそろキミちゃんたちがいる入笠湿原の方へ戻ろうか。釜無ホテイアツモリソウはもう終わりかな。アミに囲われ、厳重にカバーされている釜無ホテイアツモリソウ、ほとんどおしまいで萎んだ花が垂れていたが、かろうじて3輪ほどまだ咲いていた。だが、この辺りのドイツスズランはすでにおしまいか、花は萎んで黄色くなっていた。頭上のサラサドウダンが満開で、歓迎してくれているようだ。
花々を見て元気が出てきた私たちはゴンドラ山頂駅近くの広い道でのんびりおにぎりを食べながら歩いた。朝キミちゃんが握ってくれたおにぎりにお好みの具をトッピングしてきたものだ。仲良く半分こして食べたが、これはとても美味しかった。
湿原に戻る頃にはゴンドラも動き始めて人の姿もちらほら見えるようになってきた。波打つように続く湿原に一面黄色く広がるのはキンポウゲ、日本スズランは葉の下に隠れるように白い鈴をつけている。ちょっと背が高いのはアマドコロか、細長い花が仲良く並んでいる。一巡りして山彦荘で休んでいたタノちゃんキミちゃんと合流していよいよ帰り道。
この道はなかなかのダートコースと、聞いている。走ってみれば確かに。「時々ゴットンするから舌を噛まないようにね」とキミちゃん。細くくねくねするばかりでなく、くぼんだり、抉れたりしているところもあるから、四輪駆動じゃないと走れないという。
タノちゃんは山慣れしているとはいえ、真剣にハンドルを握っている。途中に見せたい景色があると言いながら走ったが、一回登り返して牧場まで行ってしまった。広い草原を一頭の鹿が駆けて行った。
鹿を見送って引き返し、元の道に戻るとすぐ。一面にオレンジ色が広がっていた。湿原だったところがどんどん狭くなっていった様子、レンゲツツジが満開だ。私たちは車を降り、レンゲツツジの中をしばし散策した。
さて、朝も早くから活動していたのでお腹も空いた。お昼を食べよう。一気に南下し、清里高原に向かう。二人がお勧めのパスタ屋さんはしかしすでに満車状態だった。またの機会にしようと近くのハンバーグ屋さんで休憩。
たらふく食べたので、元気回復し清泉寮を目指す。ここに青いケシが咲くというのもキミちゃん情報。
山道をぐんぐん登って清泉寮の広々とした高原に到着。県立ふれあいセンターの駐車場に車を停める。ここからゆっくり歩いて10分ほどのところに青いケシが咲くという。深い森の中の道、サラサドウダンは満開だ。足元にはオククルマムグラの白い花が散らばっている。入場料を払って森の奥へ行くと小さな庭園があった。青いケシは石に囲われ、すっくと伸びて咲いている。だが、どの花も「暑いよ」と言いたいように太陽に背を向けている。25℃以上は苦手で30℃になると枯れることもあるそうだ。今日はすでに30℃近いだろう。かわいそうに。
初めて青いケシを見たのは大鹿村の山の上に栽培されているものだった。その後、長野県では山上の花畑に咲く姿を見ることが増えた。
花見の後、友人の家でみんなちょっぴりお昼寝タイムを過ごし、私たちは小淵沢駅まで送ってもらった。ここから長野へ、各駅停車2時間の旅を楽しもうという計画。日本3大車窓(根室本線狩勝峠、肥薩線矢岳駅と共に)と言われる姨捨駅の景色やスイッチバックを楽しみながら家に向かった。