7月半ばと言えば、子供たちはそろそろ夏休みと気もそぞろの季節。私たちにとっては懐かしいだけの感覚だが、気が急くような気分になるのはこの頃に咲く花が呼んでいるのだろうか。
「もう一度見たい」と何度か私が呟いていたので、青空が広がったのをチャンスと出かけることにした。長野の空はすっきりと青いが、南は雨が降っているところもあるという。大物を洗濯し、8時を回る頃志賀へ向かった。
こんな時間に出かけて行くのはもちろん楽ちんコースを行こうという計画。北アルプスが綺麗に見えるスポット坊平橋からは雲が厚く北アルプスは見えない。空は青くても、近くまで雨が迫っているのだろうか。
蓮池のほとり、山の駅駐車場に車を停める。ここでチケットを購入、志賀高原ゴールデンラインの3台のゴンドラを乗り継いでいく。一気に東館山の山頂へ。最後の東館山ゴンドラリフトから見下ろすゲレンデは黄色一色になっている。ニッコウキスゲが咲き始めてゲレンデを染めているのだ。花を見下ろしながら2000mの山頂に到着、ゴンドラを降りると風が肌寒いくらいだ。
最盛期ではない平日だけれど、山頂の植物園には人の姿がチラチラ見えている。私たちはニッコウキスゲの群落の中をゆっくり歩いて武衛門(ぶえもん)池の方へ向かう。小さな池だが、ミズバショウやミツガシワの群落がある。もちろん今は大きな葉が茂っているだけだ。池を越えるとあとは寺小屋山への登りだ。道は湿っていて水たまりも多い。踏んでいく苔が水を含んでジュワ〜っと濡れている。
少し歩くとゴゼンタチバナが一面に広がって咲いている。その隣でマイヅルソウは小さな実をつけ、ハナニガナがあちこちに群生している。
広いゲレンデにはニッコウキスゲが咲き広がっていて、明るい黄色が気持ち良い。ヤマブキショウマの白もところどころに揺れていて嬉しい。足元に咲くテガタチドリが草緑の中にピンクのポイントになっている。緑のランの仲間は何だろう、ホソバノキソチドリかな。
この仲間はみんな似ている。図鑑を開いて一生懸命調べるのだが、いつの間にか分類が変わっていることもあって素人花好きには難しいことがいっぱいだ。不思議な花の形に目を凝らして驚いたり、なかなか会えなかった花との出会いに大喜びしたり、今はそんな幸せを大切にしている。ランの仲間は奇妙な形をしているものが多いが、長い距の中に蜜が溜まっている様子を見たのは初めてかもしれない。
広々としたゲレンデから登山道に入ると、急な滑りやすい階段が続く。誰もいないと思っていたゲレンデで追い越して行った外国の二人連れ男女の声が遠ざかっていく。
急な崩れかけた階段の道を登ってようやく寺小屋山(寺小屋峰)に着いた。見晴らしはないから長居は無用だが、ここでちょっと煎餅を食べて塩分を補給しよう。「あの外国人は軽装備でどこまで行ったんだろう」と夫が呟く。
一息ついて降り始め、粘菌のようなものを発見して撮影していたら、先へ行っていた外国の二人連れが降りてきた。「何を撮影しているの?」と聞くから粘菌の説明をしようとするが、英語ではしどろもどろ。なんとか我が家のHPを見せて頷きあう。二人はゆっくり降りて行った。
私は会いたかった花を探す。花はまだ蕾だった。とっても小さいけれど、ちゃんと蕾をつけている。コイチヨウランとアリドオシラン。コイチヨウランは小さな葉が暗紫色で、苔と一緒に広がっているとちょっと不思議だ。葉はたくさんある。一枚の葉に一本の花穂が立つが、全部の葉が花穂をつけているわけではない。ここで以前は咲いているのを見たけれど、今日は残念ながらまだみんな蕾だった。二ヶ所くらいに小さな群生が見られたから、今度は咲いているところを見に来たいね。
私たちが山道を降りてゲレンデに出たら、先に行った男女がゲレンデの真ん中に座っていた。近づくと大きなおにぎりを見せてニコニコ、思わず我が家の煎餅をプレゼントした。彼らはデンマークから来たそうだ。
広々とした草原の真ん中に座っている二人連れは本当に気持ちよさそうだ。午前中に私たちもそこでちょっと休憩したけどね。
帰りは草の中を覗きながら歩く。行きに発見できなかったイチヤクソウを探してゆっくり歩く。やっぱりあった。まだ蕾だ。行きには通らなかった湿地の道に入るとヒオウギアヤメが咲き広がっている。花はそろそろ終わりになるようだが、まだ濃い紫色が点々と広がっている様子は美しい。
再びニッコウキスゲの咲く中をゴンドラ山頂駅に向かう。植物園には散策している人がちらほら見える。貴重な花々は咲く場所を選ぶものが多いので、管理するのは大変だろう。私たちは荒らさないようにそっと見せてもらおうと思うが、より自然の中で逞しく生きている花々に会うとさらに嬉しくなる。
足が元気なうちは森の中、藪の中、湿原巡りをしながら花に会いに行こう。植物園巡りはまたの機会にと、まっすぐゴンドラ山頂駅に向かった。