今日は晴れるよ。嬉しそうに夫が言う。先日乗り鉄で出掛けてみたら、思いの外面白かったので、また行こうと話していた。「電車もいいけれど、バス旅というのはどうかな」と私。前から気にかかっていた松代にある象山(ぞうざん)に行ってこようか。
松代と言えば歴史に詳しい人はすぐ松代大本営を思い出す。第2次世界大戦の終盤頃、松代に大本営を移そうという計画があり、終戦までの間に8割ほど完成したそうだ。地下壕の長さは10kmという。今もその地下壕が残っている。1989年から公開されているという地下壕に、小学生だった孫と一緒に訪れたことがある。もう10年も前のことだ。真っ暗な地下のトンネルは平和な今でも恐ろしかった。当時突貫工事で働いていた人たちの心のうちはどんなだったろうと思うと、今更ながら戦争の恐ろしさを思う。
長野駅まで歩き、松代高校行きのバスに乗る。麗らかな日差しを浴びながらのバスの旅、30分ほど揺られて降りたのは「木町」というバス停。そこから歩いて象山神社を目指す。思ったより雪が多い。道路の日陰には積もった雪がカチカチに凍っている。松代は長野市中心部より雪が少ないところだと思っていたが、今回の雪は南に降ったらしい。
気をつけて歩きながら象山神社に到着。孫とも歩いた道だ。我が家を建てた時の地鎮祭は象山神社の神主さんだったから、どこか親しみを感じる。行ってきますと挨拶して行こう。
登山口は神社のすぐ裏だ。神田川という名の小さな川を渡ると「象山遊歩道」という看板がある。雪が乗って白くなった斜面をジグザグに登っていく。道の脇の岩壁には小さなノキシノブがたくさん生えて、裏には胞子嚢がついている。
ジグザグ登って稜線につくと、排水池の建物がある。建物の脇を通って狭い稜線歩きになるが、そこに壊れかけた四阿がある。木造ではなく、頑丈な建物だ。中には火を燃やせるような暖炉状の棚もあるが、煙突にはなっていない面白い構造だ。
ここからの稜線は雪が残っているうえに、その下に氷も隠れていて油断できない。わずかな雪なのだが日陰になるらしく凍っていて、うっかりすると滑る。岩もゴロゴロしているのでゆっくり一歩一歩確かめながら登る。
ようやく登りきり、展望広場に飛び出した。あれ、こんなところにカモシカの像?と思ったら、なんとそれは生きているカモシカさんだった。私たちより一足先に登頂、陽の光を浴びていたのだろうか。カモシカは木の葉の影からゆっくり出てきてしばらく私たちを見ていた。私たちも「いっしょに遊ぼうよ」などと話しかけながらそっと眺めていた。
長く感じたが、2、3分だっただろう、カモシカは回れ右をしてゆっくり降りて行った。時々後ろを振り返りながら歩いていくのがなんとも可愛い感じだった。
展望広場と言うけれど、周囲の木々が伸びてあまり展望がよくない。四阿でお煎餅を一枚食べてから山頂に向かう。山頂までは短いが急な斜面で、手がかりがないから滑ると怖い。気をつけて登ると、一気に白い山々が広がった。北アルプス北部の峰々から、戸隠連峰が横に並んでいる。思わず歓声を上げる。ここまできた甲斐があったね。笹と草に隠れて見えにくい三角点に挨拶する。
夫が景色を撮影している間、私は降り道を探してあっちこっちと歩いてみる。笹の間を奥に進む道は歩きやすいが一気に鞍骨山へ続く稜線のようだから引き返す。もう一ヶ所の道も狭くて急な手がかりのない道だ。やっぱり来たところをゆっくり降りよう。山頂部を半周するように続いている道は足の幅もない。雪がない時なら怖くはないが、今日は滑るので気をつけて一歩一歩確かめながら下る。展望広場に戻るとフーッと息をつく。
展望広場から木の間越しにもう一度遠くの山々を眺め、さぁ下ろうか。広場の周辺は枝ばかりになった木が伸びているが、一つ面白い実をつけている。
かなり落ちてしまっているが、まだ殻の中に種を残しているのもある。何だろう。キリの実に似ている形だけれど中の種が違う。どこの山へ行っても宿題が一つ二つ必ずあるようだ。
帰りはジグザグに斜面を降って地下壕の入り口近くに降りる道を行く。途中カラタチらしい大きな棘のある木を見つけたり、ナンテンの赤い実を見たり、カシワの巨木を見たりしながらゆっくり降りる。かなり滑りやすい急な斜面を降りると、目の前に象山地下壕の入り口が見えた。
昔孫たちと歩いた道を恵明禅寺、竹山随護稲荷神社、象山神社、旧横田家と、思い出と共にたどりながらバス停に戻り、長野駅行きのバスを待った。