忙しい日々を送る孫が、週休を利用して長野にやってきた。たった3日間の旅だけれど、好きなものを食べながらおしゃべりをして過ごすには十分な時間のプレゼントだ。
土曜日は大好きな蕎麦を食べに行こうと決めていたようだが、のんびり歩いて城山あたりを回ってから行こうと少し早めに家を出た。この孫は小学生の頃から夏休みや冬休み、春休みと長野に滞在して、いろいろなところを歩いている。この近辺のことなら私より詳しいかもしれないくらいだ。
それでもだんだん忙しくなるにつれ長野にやってくる時間が少なくなってしまった。蕎麦が好きなので、美味しい蕎麦は長野で食べたいと、長野訪問のチャンスを楽しみにしているようだ。
土曜日は関東にも雪とのニュースが流れ、とても寒い日になった。「寒い」「寒い」と言いながらコートのポケットに手を突っ込んで歩いていく。春に就職したばかりで、毎日忙しいらしいが、全身はバネのようで若い。
城山公園には走っている人の姿も見えるが、空からチラチラ落ちてくるものも見える。シナノキの面白い形の実を眺め、テイカカズラの実を探す。細長い鞘はもう弾けて、綿毛をつけた実がかろうじて一個見つかった。「みんな飛んでいっちゃったね」。
次は・・・、公園の坂を登るとそこにあったはず、あれ、無い。ヤドリギがついていた枝が切られちゃっている。悔しがる私に「公園だから仕方がないよ」と慰める夫と孫。
「見せてあげたかったのになぁ」「触れるところにあるヤドリギはなかなかないんだよ」と、ぶつぶつ悔しがる私。
ヤドリギは諦めて寒桜に向かう。咲いているかと思ったが、ここもまだ花はない。わずかに数個の蕾が桃色を見せてくれている。春秋冬に咲く「十月桜」、小さくて可憐な花だ。咲いていても枝先にふんわりと開くのであまり目立たないが、近寄ると、その小さな淡い花びらに目が惹かれる。もう数日で開きそうだ。雪がちらつくこの季節は一年で一番寒いはず、桜もまだ咲きたくないのかなと顔を見合わせて呟く。
ソメイヨシノの桜並木を県社(けんしゃ)に向かう。セイヨウイボタの実が残っているのを見ながら城山への道を登っていく。
最近ここには孫たちと順に登っている。小さかった頃は家族で長野にやってきて、みんなで城山公園で遊んでいた。昔は野球場だったという公園は広く平らなので、子供たちが走り回ったりボール遊びをしたりするのに適している。城山公園ではたくさん遊んだけれど、県社まで足を伸ばすことはあまりなかった。大きくなった孫たちはそれぞれの動きがあるから一人ずつ遊びにくるようになった。そして私たちと一緒にフラリと散歩する。
城山公園一帯は整備され、動物園や美術館もあり、春には桜の名所として人がたくさん訪れるところだが、その奥の城山まで足をのばす人は少ないようだ。
長野の人たちは県社(けんしゃ−明治時代から昭和中期まで続いた神社の社格)と呼んでいるが、元々は横山城という平山城で、戦国時代には上杉謙信が布陣した城だという。今はその本丸跡に神社の社殿が建てられている。土塁の跡や堀切の跡らしい地形も見られるが、横山城については詳しいことは分からないらしい。
雪がちらつく中を私たちは寒い寒いと言いながら歩いていく。長い名前の神社の鳥居の下には階段がある。急な階段を登ると鳥居をくぐることになる。出たところは広い平らな地形で、善光寺が見える角に長い神社名の看板「健御名方富命彦神別神社(たけみなかたとみのみことひこかみわけじんじゃ)」が立っている。さらに奥には長い階段があって、まっすぐ登ると正面に社殿が立っている。
神社に挨拶してから横手に回る。ここからは長野の町の向こうに大峰山、地附山などが見える。孫が小さい頃は何回か登ったことがある山だ。忙しくなってからは足を運んでいないが、今度ゆっくり来て登ろうかと話しながら眺めている。
最近買ったというカメラを持ってきたので、被写体を探している。今日はちらつく雪で霞んだ空気の中、あまり心惹かれる風景ではないようだが、レンズを通してゆっくり周囲を眺めている。
山歩きをして、蕎麦を食べて、あっという間に帰る日になる。大寒波が来ているそうで、関東にも雪の予報。「電車走っているかなぁ」と苦笑いしながら新幹線のホームに入って行った。