月曜日にはワニグチソウが今にも開きそうだった(※)から、開花するのを楽しみにしていた。今日は土曜日だけれど、今は観光目玉の花が少ない時期だから混まないだろうと出かけることにした。思った通り、道路も空いていたし、湿原の駐車場には大型バイクが一台停まっているのみ。
私たちは靴を履き替えるのも早々に歩き出した。湿原の中央からまっすぐワニグチソウの生息地へ。あれ、あたりは一面草を刈った後。斜面から道路の端の方へ10数株のワニグチソウが元気に伸びていたのに、今はまっさら、何もない。
「ここだったよね」「この辺にあったはず」夫と二人で刈り倒され干からびた緑の残骸を掘り起こす。ちょっと太い木の枝もあるから、ワニグチソウはなかなか見つからない。一生懸命探すとようやくあった。葉は枯れて皺皺になっているが、健気にも蕾はまだ白い色を残している。私は茎を水で湿らせたペーパーでくるんで、持っているビニール袋に入れた。もうカサカサに乾いているから生き返ることはないだろうけれど、せめて少しは背を伸ばしてくれるかもしれない。
沼の原湿原は、たった数日の間にレンゲツツジが終わり、ニッコウキスゲが咲き始めていた。湿原の真ん中にはカキツバタが一気に広がり紫の波を作っている。そしてその下には先日ちらほらと姿を見せ始めていたサギスゲが広く白い波をゆらせている。
とっても楽しみにしてきたワニグチソウが一本も生き残っていないのでガッカリしてしまった私たちは湿原の中央を小回りに歩いて早々に引き上げた。もう一ヶ所、もしかしたら咲いているかもしれないところに行ってみよう。
駐車場の方に引き返す途中で、地元のガイドさんが数人の若い人たちを案内していた。挨拶をして、若い人たちにも断って、ワニグチソウの悲劇を伝えた。ガイドさんも事実を知って何か今後への力になってくれるかもしれない。
車に戻ると、やっぱり土曜日だからか、たくさんの人が歩く準備をしていた。車もいっぱいだ。私たちは急いで車を出し、もう一つのコースへと向かった。
だが、歩く前に斑尾高原観光協会に寄って、草刈りについて意見を言ってきた。この広いエリアをいつも丁寧に整備してもらっていることは感謝しているし、広く生息している草たちが多少刈られてしまっても仕方ないのかなとも思う。草の中に一本二本紛れている花を見つけて刈り残すのは至難のことだろう。だが、そういう必要もあるとは思う。貴重な植物、絶滅しそうなものはそうやって守らなければ本当に絶えてしまう。事前に印をつけるなどして、そこが分かるようにしておくなど方法はあると思うが、大変な労力が必要になるだろう。
まさしく、言うは易いが行うは難しだ。だが、気付いたものが言わなければ何も始まらないということもある。
さて、気を取り直して森へいこう。八方塚から湿原に向かって降りていく道にワニグチソウがあったという情報を頼りに歩いてみる。このコースにはシラネアオイが少しずつ増えているようだ。大きな葉に乗っかるようにまだ小さな実がついている。ツバメオモトの実もショウジョウバカマの実も見える。フタリシズカはまだ真っ白な花穂を伸ばしている。小さいけれど、白く光っている。
しばらく行くと、一面ホウチャクソウだ。花はもうわずかだが、実をつけているのも多い。そしてそっくりな葉の、小さなチゴユリもたくさんある。この中にワニグチソウが混じっていてもわからないなぁと言いながら、夫とゆっくり歩いていく。気持ち良い森の道はどんどん下がって、いくつかの沢を渡る。サワフタギの白い花、タニウツギのピンクの花、その下に夫より背の高いオオナルコユリもある。
もう草丈が高くなった道を「ワニグチソウは隠れてしまっているかな」と言いながら降りていくと、タニギキョウがまだたくさん咲いている。近くには一面コチャルメルソウの葉が広がって、小さな実をつけ始めている。
どんどん降りて、どうやら、谷の底についたようなので、今日はここまでと、登り返すことにした。気持ち良い森の中の陽だまりでおにぎりを食べ、昼寝したいねぇなどと言いながらしばしの時を過ごした。
車に残しておくと暑さで一気に枯れてしまいそうなので、刈られたワニグチソウはカバンの中に入れて歩いた。
家に帰って水に放す。こんなにたくさん蕾をつけていたのに・・・。しばらく水に放した後、コップの水に入れた。一日置いてそっと見ると、一つ、ほんのちょっぴり花を開いている。その健気さに感動した。来年もあの道に芽吹いたら、なんとか救ってあげたいものだと、思いを強くした。